1985年 · 第一回日中スーパー囲碁
7対7の後に打たれた聶衛平対藤沢秀行の一局
勝ち抜き戦は最後の主将同士へ進み、北京で聶衛平が三目半勝ちした。社会的物語は巨大だが、盤上の分岐は白50の全局判断にある。
聶衛平(黒)対 藤沢秀行(白) · 1985.11.20 · 北京 · 黒3目半勝ち · 中国8対7
勝者が残る制度が個人戦を団体の運命にする
勝者が次の相手を迎える方式で7対7となり、主将が登場した。聶はすでに小林光一、加藤正夫を破っていた。
人民日報は結果を全国的事件として伝えた。社会史は重要だが着手の説明に代わらない。
国家の象徴は二人の棋士を平板にする
藤沢は棋聖六連覇、聶も突然現れた英雄ではない。国民性の対比は職業的計算を隠す。
白50では、拡張、先手、薄みの補強のどれを先にするかという具体的問題へ戻る。
白50は敗着ではなく次の戦場を正しく選んだ
重要な方向と評された白50K4は、KataGoでも第一候補である。着手前の黒約26.6%、-1.4目から、着手後は約23.9%、-1.6目となり白がわずかに改善した。
早い敗着という物語は成立しない。聶の三目半勝ちには、その後ほぼ二百手の戦いと収束が必要だった。
TreeViewで国家物語を十九路へ戻す
黒49後から実戦K4と候補を再生する。K4はAI首選でもあるため重複枝を描かない。
数値は黒視点なので、白には黒勝率と目差の低下が望ましい。
操作できる白の三つの優先順位
K4は6,056 visitsの第一候補で、E11、C9、E10、B8へ転身する。
C9は3,203 visits、黒約26.6%で、左から右上へ向かう逆順である。
J4は429 visits、黒約32.3%。K4と一路違いでも効率差は大きい。
公共記憶は大きく、検討は具体的に
勝利は中国囲碁の社会的な存在感を変えた。
白50後をクリックし反論できる形にすることが名局への敬意である。